BRAND STORY

L’histoire de
NINA RICCI

ニナリッチの歴史

Maison de NINA RICCI 
メゾン ド ニナ リッチ

1883年、トリノに生まれたマリア・ニエリは、パリに移ると夫の姓に自身のニックネームを組み合わせ、“ニナ・リッチ”と名乗りました。そして1932年パリのカプシーヌ通り20番地にオートクチュールメゾン・ニナ リッチを創設します。
1941年、彼女の息子のロベルト・リッチはフレグランス部門を設立し、1946年にはCoeur joie(クールジョア)を発表しました。以来、クチュールとフレグランスの部門は両輪としてメゾンを支え続けます。
1954年には、ジュール フランソワ・クラエがクチュール部門を引き継ぎ、ニナ リッチのデザインスタイルを確立していきます。1964年、ジュラール・ピパールがその後継者となるとプレタポルテの部門でも大成功をおさめます。1979年には高級ブランドが軒を連ねるモンテーニュ大通り39番地に居を構えることとなり、クチュールとフレグランスの両部門がひとつ屋根の下に収められました。そして建物の1階にはニナ リッチの新しいブティックがオープンしました。
1998年、メゾンはバルセロナのフレグランス製造・流通企業PUIG(プーチ)グループの傘下に入ります。PUIG(プーチ)社は、ニナ リッチのブランド遺産を大切に扱い、更に新しい息吹を今も吹き込んでいます。

Fashion 
ファッション

1932年、ニナ リッチが創設したオートクチュールメゾンには、アトリエと試着サロンが併設されました。以降、彼女の創造するデザイン、カット、バランス、素材は、ニナ リッチを身に纏う女性達にシンプルな輝きを与え続けました。
1954年、アトリエでニナ リッチのアシスタントをしていたジュール フランソワ・クラエがデザイン部門を引き継ぎ、細長いシルエットの象徴的なカーブというメゾンのスタイルが構築されます。1959年のCrocus(クロッカス)コレクションと同名の有名なスーツは、大きな成功を収めました。
1964年に後継者となったジュラール・ピパールのオートクチュールは、30年に渡って、煌びやかな女性を称賛し、彼のプレタポルテもまた、その時代の女性たちの間で大きな支持を集めました。
1979年、モンテーニュ大通りに新しいブティックがオープンすると、その後ニナ リッチのアーティステイックディレクターにはオリヴィエ・ティスケンス、ピーター・コッピング、ギョーム・アンリら才気溢れる気鋭のデザイナー達が就任し、ニナ リッチはパリのファッションシーンで最も歴史あるメゾンの1つとして、現在も輝き続けています。

Perfume 
パフューム

1941年息子のロベルト・リッチによって設立されたフレグランス部門は、1946年には、最初のフレグランスとなるCoeur joie(クールジョア)を発表しました。そのボトルは、クリスタルブランド、ラリック社がメゾンの作品に関与する契機となり、1948年にはl’ Air de Temps(レールデュタン)が発表されます。“時の流れ”という名前に新しい時代への希望が込められていました。このボトルに冠された二羽のハトは、愛と自由のシンボルとなり、以降この作品はメゾンを象徴するフレグランスとなりました。その後もニナ リッチの香水の数々にはラリック社製の美しいボトルが採用されました。
2006年に発表された新作フレグランスNinaは、女性らしさの覚醒を暗示するような作品でした。そしてその成功は、かつてロベルトがフレグランスで、母マダム ニナ リッチへ捧げたオマージュを改めて想い起させるものとなりました。